心配は呪い?≪声と言葉とコミュニケーション⑥≫
私達って無意識に色んな感覚を受け取っています。
「私は何も感じませーん!」って言っている人だって絶対何かは感じているはず。
例えば、何も話していないのに
「え?何かこの二人険悪・・・」とか
そこから醸し出されるものを感じたり、
「なんかこの二人ラブラブ?」って思っちゃったり、
緊迫している雰囲気
不穏な感じ
ざわっとする
なんか楽しそう
安心できる
あたたかなものを感じる
なーんてことを日常であたりまえに感じています。
それを私達は「空気感」とか「雰囲気」とか言ったりしますよね。
つまり、「気」ってやつですね。
それはリアルじゃなくても感じられます。
例えばテレビやラジオの放送を聞いていて
「笑っているけど、なんかこの二人仲悪い?」とか
パーソナリティが「いい曲ですよね~。素敵ですね~」とか言っているのに
「なんか口先だけで、ホントは何とも思ってなさそう」とかね。
私は放送聞いてよく思ってましたよ。
そういうこと。
心の中って無意識にも伝わるものだと私はずっと感じていたので
私は自分の番組で、良いと思わないものを
決して「良い」とは言いませんでした。
「私はあまりピンとこないけど
好きな人は好きでしょうね」とか言ってました。笑
私達はよく口にしますよね。
「なんか」って。
理由も確証もないけど、
「そんな気がする」ってやつが大事。
まさに「気」がする。
別の言葉で言えばエネルギー。
それが科学的、物理的に証明されてようがいまいが
それを私達は無意識に感じているわけですね~。
神社の鳥居をくぐって境内に入ったら
身体がスッとして、クリアになったような
何かが変わった感じがする空気感・・・
それも同じですね。
ところで、私はセラピストでもありヒーラーでもあるので
その「気」「エネルギー」なるものを
おそらくキャッチする能力はそれなりにあると思っています。
ある時、知り合いのお子さんが体調不良だというので
遠隔ヒーリングをしていた時の話。
ある程度ヒーリングしたら、調ってきて軽くなったので
「大分良い感じになりましたよ~」って言ったのですが、
その瞬間にお母さんが
「でもうちの子は日頃からあーで、こーで」と
お子さんに対してネガティブな発言をし出したのです。
そのとたん、お子さんの中からざわざわした痛いものが
ぶわっっと出始めました。
その時私は体感したのです。
「あ~お子さんの体調不良は、お子さんだけの問題じゃなく
お母さんからのネガティブなエネルギーが一杯注がれているのもあるな~」って。
そう、心配って呪いなんですよ。笑
こう言うとちょっと言い方が強烈ですけどね。
心配しちゃいけないの?
その人のことを想ってるのが何が悪いの?って
その人のことを想うことが悪いわけではありません。
だって大切だから思うからこそ心配するわけですから。
「心配」自体が悪いって言っているわけではないのです。
以前の記事で、言葉の中にどんな意識や意味合い、認識が入っているかが大事って言いましたよね。
まさに、それなんです。
同じ言葉でもその中にどんな要素が入っているか。
私達は「心配」ってよく使いますけど、それは概念です。
その「心配」の中身が重要なんです。
その字のごとく、心を配ること。
ではどんな心を配るのか、ですよね。
「心配」だってみんな口にしますけど
どんな想いを相手に向けているかがとっても重要だと私は思ってるんです。
私はよく「その想いを絵に描いてみて」と言っています。
大切な人が入院していたとします。
その人をあなたが心配している時、
その想いを絵にしてみてください。
もっと大変なことになってその人が苦しんだらどうしようとか思っていないですか?
辛いだろうな、これ以上辛くなりませんようにって言いながら
しんどいイメージ持っていませんか?
そんな絵をプレゼントされたら相手は嬉しいでしょうか?
同じ心配、心を配るなら
その人が元気な笑顔で太陽の元を軽やかに歩いている絵をもらった方が
その人は嬉しくないでしょうか?
私達は無意識に、本当に無意識に、
大迷惑な絵、気、エネルギーを相手に与えている可能性があります。
それは相手だけじゃなく、自分に対しても同じです。
自分に対して「こうなったらどうしよう」っていう絵、気、エネルギーを与えていませんか?
私達はそれを無意識に受け取り、感じ、影響を受ける能力を持っているんです。
だから、何度も何度もネガティブな想いを送り続けることは呪いになっちゃうんですよ。
私は13年前、癌のステージ4から復活しました。
その時、私の友人達は共に真理を学ぶ仲間で
そういうことがわかっていましたので
私に対して心配ではなく、
私のいのち、チカラを信頼する想いを向けてくれていました。
そして、私自身も現状、病状としはかなり深刻な末期癌だったけれど
私の内側にはいのちのチカラがあると、
自分自身の生命の輝きを信頼し、そこにフォーカスし続けていました。
それを私は「いのちの太陽」と呼んでいたのです。
どういうことかというと
地上がどんなに嵐でも、曇っていて太陽が見えなくても
太陽は常に天上で輝いていて、失われることがない。
病気は地上の嵐の状態です。
そこを心配するのではなく、天上で輝く太陽を見ていくこと。
そしてそこを揺ぎ無く見ていくことで
その力がもたらされる。
私は自分が大病になった時にずっとそれを意識していました。
自らの中から命のチカラが発現するように。
ネイティブアメリカンの部族にはフェイスキーパーという役割があるそうです。
フェイスというのは顔のFaceではなく
信頼、信仰という意味のFaith
その部族が危機的な状況に巻き込まれると、
多くの人は不安になって心配して、出来事に翻弄されます。
そうすると意識、エネルギーの流れは負の方向に傾き
ますますネガティブな状況を作り出してしまいます。
そんな時に、揺ぎ無くその部族が最高最善の状況のヴィジョンを保ち続ける人
それがフェイスキーパーです。
フェイスキーパーがいることによって
その部族は危機から救われるというのです。
私はフェイスキーパーという役割を担う人が一人でも多くいることで
幸せな世界が少しでも実現しやすくなるとずっと信じて
講座で伝え続けてきました。
目の前の人がどんな悲惨な状態であろうと
どんなに悲しんでいようと
その辛さは理解しながらも、寄り添いながらも
目の前の人のいのちのチカラを信頼し続けること。
その人の中に立ち上がるチカラ
決して失われない輝きがあると信じ、
そこにフォーカスし、応援しつづけること。
それによって、その人の中にあるチカラが発現するのを促し
支援することが出来る。
それがフェイスキーパーです。
そして、それは自分に対しても同様です。
自分がたとえどんな状態にあっても
自分の中のいのちのチカラを信頼しつづけること。
私達は自分が認識している以上にすごい可能性と能力を持っていて
科学で証明されていないけれど
奇跡のような出来事が起きることだってあるんです。
この世界にはわかっていないことがまだまだ沢山あります。
現に私はステージ4の末期癌から
一か月半で復活しました。
是非、日常の中でどんな言葉を使うか
そして、その中にどんな想いを入れているか
意識してみてくださいね。
絵をイメージするとわかりやすいです。
ちなみに私が大病をしたのは13年前のことで
その出来事は様々な気づきをもたらした学びとギフトとして
私の中では終わっています。
でも、久しぶりに知り合いに会った時に
挨拶代わりに「体調はどう?大丈夫?」と言われます。
その瞬間、私は「この人の中では私はまだ大病した人」っていうラベルがあるんだなって感じます。
時が止まっているのかもしれません。
そんなの忘れちゃっていいんですけどね。
私達は一瞬一瞬新しいので。
毎日細胞は死んで生まれているんですから。
きっと私を気遣っているのか
挨拶の言葉が見つからないからそう言っているのかもしれないし
心配することがよいことと思っているのかもしれません。
「大丈夫?」って言葉や
「元気?」って言葉も
私達は日常でよく使いますよね。
使う時に是非、その言葉の中のエネルギーは
どんな絵かなって精査してみてくださいね。
場合によってあなたは相手に迷惑な絵をプレゼントしているかもしれません。
是非、嬉しい絵をプレゼントしましょう!
【光の声と言葉で、本来の自分を現実に生きる】
~スピリチュアルを感覚で終わらせない意識変容~を
お伝えする及川徳子でした。
ではまた。

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